子どもがおしゃべりをし始めいろんなものに興味を持ち始める頃、我が子には質の良い豊かな教育を受けさせたい・・・と考え始める親御さんも多いと思います。
一口に「教育」と言っても、
学校教育
幼児教育
早期教育・・・
などなど。
いっぱいありすぎて、子どもの将来を思うとあれもこれもさせておいた方がいいんじゃない!?って、悩んでいる方も多いはず。
でもその前に。
そもそも、「教育」とは一体何なのでしょう?
「教育」とは、人生を楽しむことが出来る力を育てること
「教育」とは、
人生を楽しむことが出来る力を育てること
言いかえると
本当にやりたいことを見つけ出すことが出来る力をつけてあげること
どんぐり倶楽部創設者の糸山泰造先生はこのように定義しています。
「人生を楽しむ力」
こう聞いて思い浮かべるイメージはどうのようなものですか?
私はお恥ずかしいことに最初は、辛いより楽しい方が人生いいよね~ぐらいの浅さでした。
「イエーイ!楽しー!!サイコー!!!」

喜怒哀楽でいえばまさに「喜」の状態。
でも、子どもとの接し方を「ゆっくり・じっくり・丁寧に」改めていくなかでこの印象が変わっていきました。日々試行錯誤しながら、私の中で「楽しむ」が少しずつ感じられるようになってきたのです。
毎日は一瞬一瞬の連続でその点がつながって人生になる。人生はすべてが過程なんだということ。
主役である自分の人生の過程に意味をつけていくのも自分であるということ。
文字にすると当たり前のようですが、自分に引きつけて感じられたのは初めてのことでした。
きっとあなたの「人生を楽しむ」の中身もいろいろあるはず。
教育を通して子ども達は哲学-考えること-を学んでいるんですね。
人生を楽しむためには自分の判断基準が必要
自分のやりたいことを見つけるためには判断力が必要になります。
自分だけの判断基準や価値観を作り上げていくために、親やたくさんの大人や友達・学校などでいろんな世界を見る必要があるんですね。
学校の算数や国語などの教科はその色々な世界への入り口になる、というわけです。
でも、見たまま、誰かに言われたままでは自分だけの判断基準は作れません。
親や先生や会社の言うなりで自分を見失い、自分探しの旅へ出るオトナも多くありませんか?
だから「考える力」をつけるために子ども達は勉強をする必要があるんですね。
「教育」とはその力を与えてくれるものであるはずなんです。
この原則を知っておくと、今我が子が受けている、またはさせている「教育」がホンモノかどうか?つまり、子どもたちにどんな力を付けさせようとしているのか?が見えてきます。
学校や習い事の中身。それって「教育」?
子どもに豊かな教育を、と信じて今与えているもの。
その中身は本当に「人生を楽しむ力」を付けてくれますか?
- ひたすら同じ漢字・文を書き写すだけの宿題
- 何度も同じところを読ませる音読
- プリントいっぱいの単純計算にヒント満載の文章問題
- なん十枚ものカードを一日に何度も機械的にフラッシュする
- 呼びかけても反応がなく、次々と違う場面が映し出される知育DVD・テレビ・ゲーム
- 先生やコーチ・親のいいなりでイヤイヤ参加している、勝利至上主義のスポーツや芸術系の習い事等
それらに取り組んでいる時の子どもの目をよーく見てみましょう。
おもしろさと楽しさでイキイキと目が輝いていますか?
難しくても大変そうでも、熱中して困難でさえも楽しんでいるように見えますか?
もし違和感があるならば、ちょっと立ち止まってみましょう。
「自然派」育児、響きはいいけれど・・・
子どもが本来持っている感性や感覚などの力を尊重して、体験することを中心にのびのびと育てたい、これ自体はとても素晴らしいことだと思います。
ただ、「自然」というのは
人間の手の加わらない、そのもの本来のありのままの状態。
Goo辞書
という意味もあります。
人間は自分達が生活しやすいように自然を変化させ、また人間自身も環境に適応すべく変化してきました。
「本来のありのままの状態」とは生まれたままの状態です。
限られた環境で生きていくことはできるかもしれませんが、大部分の人が生活する現代社会の中で生き残ることはできるでしょうか?
子どもが本来持っている良さを活かすつもりが、
- 好奇心旺盛で活発な子が、その部分だけが肥大して、落ち着きがなく時に欲求が受けられないとキレたり、暴れる
- 感受性が豊かで優しくて繊細な子が、その部分だけが肥大して、打たれ弱くて自己肯定感が低くなってしまった
- 「後伸び」という言葉を信じていたら、さっぱり学校の勉強がわからなくなっていた
こんなことはありませんか?
付き合い方を教える必要がある特性のはずが、自然派ゆえ「この子はこういう子だから。」と気付かないうちにその部分を異常に大きくしてしまう、というのはよく見かける例です。
先程は学校や習い事などの知(理論)の面にバランスが傾いた例、今回は反対に感情にバランスが傾いた例を挙げました。
大切なのは知と感情の「バランス」です。もちろん完全にバランスを取るのは不可能に近いです。ですので、実際は傾きすぎていないかな??と意識することが実践では重要だと思います。意識する(イメージする)のとなんとなく無意識に過ごすのでは大きな違いがあります。
これらの「教育」の中には行き当たりばったりではなく、豊かな自然が消え、世界が超高速で便利になってしまった現代を生きる子ども達に合わせた、具体的な理論がありますか?
教育の成果は学校の成績や入試結果だけではない
教育が人生を楽しむことが出来る力を育てること、であれば、「学力」とは人生を楽しむことが出来る力です。
学校の成績(テストや通知表)や入試結果(いわゆる学歴)と学力(人生を楽しむ力)はイコールではありません。
- 有名大学に入ることだけが目標で勉強する
のと、
- 自分のやりたいことにたどり着くための過程のひとつに有名大学の入試を突破する必要がある
のこの二つの大きな違いがわかるでしょうか?
また、良い大学・良い会社へ入ることが子どもの一生を保障してくれるわけではない、ということは今の時代に親をやっているあなたなら、当然実感していることだと思います。
考える力を育むためにお絵かき算数にチャレンジしてみよう
暗記や詰め込みでは得られない、一生使える「考える力」を具体的にトレーニングする方法の一つとして、学びのドアではお絵かき算数(通称どんぐり問題)をおすすめしています。
お絵かき算数に興味がある、または取り組んでみたけれどなかなか上手くいかない、などのご相談が数多く寄せられています。『学びのドア オンラインサロン』では、お子さんと親御さんを含む周りの環境に合わせたアドバイスをご提供しています。ぜひご利用ください。
おわりに
教育って、何だろう?
私は、学校に行って教科書を広げて先生の話しをちゃんと聞いて、テストで良い点を取ることだ、と思っていました。
手順通りに計算して文章問題も公式もパターンとして覚え、歴史も生物も化学も・・・どんな教科も暗記しておけばいい、と思っていました。
教育について真剣に語り合いたい、迷いがある、そんな方はぜひ『学びのドア オンラインサロン』へお越しください。子どもの教育を中心に様々なことを語り合える仲間との出会いが待っていますよ。
